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東京地方裁判所 平成5年(ワ)8304号 判決 1994年4月20日

主文

一  被告は原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成五年六月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

一  争いのない事実

1  原告は、昭和五一年一月に別紙物件目録記載の土地建物(以下「本件土地建物」という。)を購入した際、原告の夫甲野太郎(以下「太郎」という。)の長女乙山春子の夫乙山春夫の名義を借用して住宅ローンを借り、本件土地建物の名義も乙山春夫とした。

2  平成三年八月、住宅ローンの支払が完了し、原告及び太郎は、太郎の甥で弁護士資格を有しない被告に対し、本件土地建物について原告への真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続(以下「本件登記手続」という。)を依頼した。

3  太郎は、被告に対し、平成三年九月二〇日六〇〇万円、同月二二日二〇〇万円をそれぞれ交付した。

4  被告は、平成四年一〇月一四日、本件登記手続を完了した。

5  太郎は平成四年一二月一六日死亡し、同人の権利義務は相続により原告が承継した。

二  原告の主張

1  前記八〇〇万円は、被告が太郎に対し、本件登記手続の費用として必要であると申し述べたため、太郎がこれを信じた預けたものである。

2  太郎が被告に対して本件登記手続を委任するについて、手数料又は報酬を支払うとの特約はなかつた。

3  真正な登記名義を回復する登記手続は法律事務であり、被告が報酬として得る目的で八〇〇万円を受領したとすれば、弁護士法七二条に違反する非弁行為であり、公序良俗に反し無効である。

三  被告の主張

1  被告は、報酬を得る目的で本件登記手続をしたものではない。また、被告は業務として行つたものではなく、叔父・甥としての特別な関係から行つたものであり、弁護士法違反に当たらない。

2  太郎が昭和五〇年に上京して飲食業を営むについて、被告は、物件の紹介、資金の借入手続、店舗の改造工事、設営など、毎日のように指導に赴き、助力した。その後も、被告は、太郎の毎年の税務申告に際して指導し、また、節税に努めるよう苦労した。被告は、太郎の営業について、帳簿の記入、伝票の整理などかなりの業務を行つたが、費用としては年一回二万円を貰つたのみで、殆ど無償に近い協力をした。後に年一回三万円を受け取るようになつたが、被告が太郎に対し、他の税理士に依頼するよう伝えても、そのような費用で引き受ける者がなく、やむなく年一回五万円に変更して、被告が経理を続けてきた。太郎がこの業務費用を適正に税理士に支払つていたとすれば、その費用だけでも一六年間で六〇〇万円位になる。

また、被告は、太郎の営業のため毎月経営を指導し、これは太郎が死亡するまで続いた。経営コンサルタント料としても通常月三万円として合計四六五万円となる。

その他、この一六年間における司法書士等に知識を借りたお礼、弁護士知識を借りたお礼等、文書代等、印紙代、税務署等の交通費は相当な金額となる。

3  本件土地建物を乙山春夫名義で取得した後は、同人への責任として名を汚さぬよう返済を依頼どおりに行うこと、税務上問題を起こさず脱税しないよう注意することなど、被告はこの一六年間、管理を尽くしてきた。

4  被告は、太郎から、本件土地建物の名義変更を八〇〇万円の範囲内でどんな方法でもよいからやつてくれ、もし不足するなら金を出すから、何が何でもこの機会にやつてくれと言われていた。

また、太郎死亡後は、原告が後妻のため、後で争い事となると困るし、名義変更のことでもあるので、原告から、ぜひ八〇〇万円の範囲内でやつてくれとのことであつた。

5  太郎から本件土地建物を乙山春夫名義で取得するについて依頼があつた昭和五一年一月の時点では、後に売買による名義変更を考えていたので、本件八〇〇万円については、当初それに必要な税金(譲渡税)、地方税の費用、その他手数料として預かつた。

登記名義の変更は、乙山春子を通じて乙山春夫に何度も必要書類を請求したが、家庭不和のためもらえず、被告が直接乙山春夫に請求してようやく手に入れ、これを行つたものである。

6  平成四年一〇月二八日に原・被告間で債権債務のないことを確認した覚書を作成したが、その作成前、原告は、被告に対し、この一六年間についてのお礼はする、不足があればいくらいるのか言つて欲しいとも言つていた。被告は、その頃、原告からこの八〇〇万円で名義変更一切をやつてくれということで再度依頼されている。

四  争点

1  被告は太郎からどのような趣旨で八〇〇万円を受け取つたのか。

2  右八〇〇万円が本件登記手続の手数料又は報酬として受け取つたものである場合、弁護士法七二条に違反する非弁行為となるか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

《証拠略》を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、平成三年八月頃、太郎から、乙山春夫名義で取得した本件土地建物の登記名義を原告に変更する手続の依頼を受けた。

2  被告は、右登記名義の変更に必要であると称して、同年九月、太郎から三回にわたり合計八〇〇万円を受領した。被告は、同月二〇日、太郎から四〇〇万円を受領した際にこれを「着手金」とした領収証、同月二二日、二〇〇万円を受領した際にこれを「登録免許税、取得税その他」とした領収証をそれぞれ発行し、その数日後更に二〇〇万円を受領した際は、右四〇〇万円の領収証の金額を六〇〇万円に訂正した。

3  太郎は平成四年二月一六日死亡したが、被告が太郎から依頼を受けた登記名義の変更を行わないため、原告やその親族の丙川竹夫からの度重なる催促で、同年九月、乙山春夫から本件登記手続に必要な関係書類を受領したうえ、同年一〇月一四日、被告を登記申請代理人として、本件土地建物について、総合住金株式会社の抵当権抹消登記及び原告に対する真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記の各手続を完了した。

4  同年一〇月二八日、原告と被告は、太郎の子である甲野一郎及び乙山春子、原告の親族である丙川竹夫を立会人として、右登記名義の変更に伴う税務処理いついて覚書を作成したが、その際、前記太郎宛に発行した領収証二通には収入印紙が貼付されていなかつたことから、被告はこれを六〇〇万円及び二〇〇万円の二通の領収証に書き換えた。右六〇〇万円の領収証の但書には「名義変更着手金」、四〇〇万円の領収証の但書には「名義変更手数料」と記載されている。

5  その後、原告や丙川竹夫が被告に、預けた八〇〇万円について、費用の明細の報告と残金の返還を求めたのに対し、被告は、前記覚書で確認ずみであるとして、これに応じなかつた。

6  前記登記手続のための登録免許税は、抵当権抹消が二〇〇〇円、所有権移転が一二万三九〇〇円であり、被告は登記名義の変更に伴う取得税や譲渡税等の支払をしておらず、その他本件登記手続に被告が支出した費用を考慮しても、その合計額は二〇万円を超えることはない。

右認定の事実によれば、被告は、太郎から本件登記手続の委任を受けるについて、その費用及び手数料として合計八〇〇万円を受領したものということができる。

被告は、太郎が死亡するまで一六年間にわたり太郎の営業について経理の処理や経営コンサルタント等を行つており、太郎や原告からその謝礼として八〇〇万円を受領した旨の主張をし、乙第九、第一〇号証の記載、被告本人尋問の結果はこれに副うものであるが、いずれも前掲各証拠に照らし信用できない。

二  争点2について

《証拠略》によると、次の事実を認めることができる。

1  被告は、約二〇年前から経営コンサルタント業を営み、大学在学時代の友人である丁原梅夫弁護士の法律事務所内に机を置いて被告の事務所を開設し、「第一東京弁護士所属 弁護士丁原梅夫法律事務所経営戦略コンサルタント」なる肩書を付した名刺を用いているが、弁護士、司法書士、公認会計士、税理士その他法律、経営、経理に関する何らの資格を有しておらず、右弁護士事務所の事務員でもなく、右弁護士事務所のワープロやコピーを使つたときはその都度実費を負担するのみで、家賃、光熱費等の経常的な負担はしておらず、右名刺に記載された電話番号、ファックス番号も右弁護士事務所のもので、被告自身のものではない。

2  被告は、前記のとおり、抵当権抹消登記及び所有権移転登記の登記申請代理人となつているほか、前記平成四年一〇月二八日作成の覚書や太郎の相続人間の遺産分割協議に関与し、それらの文面を起案している。

また、前記のとおり丙川竹夫から八〇〇万円の費用の明細と返済を求められたのに対し、被告はその回答書の中で、右八〇〇万円は諸経費を負担しての手数料であるとし、その参考として、弁護士手数料規則によれば、土地建物の時価を基準に交渉手数料を決めることになつており、これによれば着手金・謝金は三〇〇万円ないし四五〇万円となる旨述べている。

右認定の事実に前記一で認定の事実を総合すると、弁護士でない被告は、太郎から本件土地建物の登記名義の変更手続を委任され、費用及び手数料として合計八〇〇万円を受領し、登記名義人である乙山春夫との間で交渉等を行つたうえ登記関係書類の交付を得て本件登記手続を完了したものであると認められる。

ところで、弁護士法七二条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で、かつ、業として、他人の法律事件に関して法律事務の取扱等をすることを禁止しているところ、右「業として」というのは、反復的に又は反復の意思をもつて右法律事務の取扱等をし、それが業務性を帯びるにいたつた場合をさすと解すべきである(最判昭和五〇年四月四日民集二九巻四号三一七頁)。

前記認定の事実によれば、被告は、本件のような法律事務を反復的に行つているか、仮にそうでないとしても、反復の意思をもつて登記名義の変更の交渉及び手続を行つたものと推認することができ、したがつて、被告は業として他人の法律事件に関して法律事務の取扱等をしたものであり、太郎と被告との間の委任契約は、右のような法律事務を取り扱うことを内容とするものであるというべきである。

そうすると、右委任契約は、弁護士法七二条に違反する事項を目的とするものであつて、公の秩序に反するものであるから、民法九〇条に照らして無効であるというべきであり、したがつて、被告は、右の無効な委任契約によつて太郎から受領した合計八〇〇万円を、単に預かつたものとして太郎の相続人である原告に返還すべきである。

三  以上の次第で、預り金八〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日であることが明らかな平成五年六月三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

(裁判官 森高重久)

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